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EUの歴史と年表を簡単に解説!基本的理念も理解しよう!

投稿日:2018年8月31日 更新日:

イギリスのEU離脱が決定してEUの加盟国数が1つ減ることになりました。

現在イギリスを除けば加盟国数が27もあるEUですが、その歴史について詳しく知っている方はどれだけいるでしょうか?

そもそもなぜEUは誕生したのでしょうか?

さらにEUの基本的理念や昨今話題となったギリシャ危機はなぜ起きたのか?

今回は改めてという形になるのですが、EUの歴史について、ヨーロッパ統合の年表と合わせて解説していきます!
 

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ヨーロッパ統合の歴史を年表付きで簡単に紹介!

まずはヨーロッパがどういった経緯で統合をしてきたのか、その年表をざっとですが簡単に紹介しておきます。

このような形になります。

年号がたくさん出てきて覚えにくいかもしれませんが、基本的に戦後のヨーロッパの中で節目となる年号だけを主に紹介している形です。

主に学校の社会の授業でヨーロッパについて学ぶ時には必ずこのような形の年表が教科書か先生が紹介してくれるはずです。


我々が現在の国際情勢のニュースでよく耳にするEUは、元を辿ればヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)と呼ばれる組織が起源です。

なぜヨーロッパ連合(EU)と名前が改められることになったのか、またそもそもヨーロッパを統合する動きはなぜ出始めたのか?

その発端となった経緯、歴史を詳細に解説していきます。

ヨーロッパ統合のきっかけは?

そもそもなぜヨーロッパを統合しようとする動きが出始めたのか?

それについては第一次世界大戦、第二次世界大戦の2つの戦争が関係していました。

実はいずれの戦争も世界大戦と名前がついていますが、基本的にはヨーロッパ各国が戦いに参加しヨーロッパが主な戦場となっています。

長年ヨーロッパで戦争が続き多大な犠牲が出たことで人々の間で「これ以上戦争や惨禍を二度と繰り返してはいけない、お互いに仲よくして平和を実現しよう!」そうした意識が強く芽生え始めました。


その先駆けとして国際連合の設立もあったのですが、それ以前にまずヨーロッパの国々の関係修復の方が大事でした。

ECSC→EECとEURATOM→ECへ!

1952年にフランスの政治家ロベール・シューマンによって発せられたシューマン宣言をもとに、ヨーロッパの重大資源である鉄と石炭の共同管理を掲げ欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が設立されました。

この時の加盟国はフランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、ルクセンブルク、オランダの6か国でしたが、中でもフランスとドイツは長年国境沿いの石炭と鉄の利権で争っていたため、この2ヵ国が主導で組織された形になります。

※特にこの時代はフランスのシャルル・ド・ゴール大統領の影響が大きかったこともあり、欧州統合=国家連合的な意味合いが強い物でした。


ただ石炭と鉄の管理だけではまだまだ経済の統合と発展には結びつかないという面もありました。

そこで経済そのものを統合する目的として1958年にヨーロッパ経済共同体(EEC)を、さらに当時のヨーロッパで新たな発電方法として注目されていた原子力においてもヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)という同様の組織を作ることにして、より広範な協力体制を築いていきました。

特にEECではパスポートやビザを持参しなくても自由に互いの国を行き来でき、また外国資本も積極的に受け入れ、関税を撤廃した単一市場を築こうという理念がありました。

その後これら3つの機関をより円滑に運営するために、1967年に欧州諸共同体(EC)として1つにまとめる形にしたのです。

1973年には長年ヨーロッパの統合に後ろ向きだったイギリスも加盟し、徐々にですがヨーロッパの統合が実現できつつありました。
 

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1993年にECからEUへ!

1992年に調印され、その翌年に発効されたマーストリヒト条約の下でそれまであった欧州共同体(EC)は欧州連合(EU)へと名前を変えました。

このマーストリヒト条約ではEU設立の目的について主に以下の事項を規定しています。

  • 域内において国境のない地域の創設、経済通貨統合(ユーロ)の設立を目指すこと
  • 欧州市民権を導入して各国の国民の権利と利益を守ること
  • 司法・内務の協力を発展させること

EUはそれまでのECと違って加盟国の政治的・経済的統合を強固に進め発展させていくことを目標としているので、その権限については従来の国際機関とは比較にならないほど強力なものとなっています。

特に経済や貿易面ではEU自体があたかも1つの国家と同じように第三国と交渉を行えます。EPAやFTAといった協定についても結ぶことができます。

また加盟国数もEU設立当初は12だったのですが、1995年にスウェーデン、フィンランド、オーストリアの3ヵ国、さらに2004年に旧東欧諸国など10ヵ国が加盟して、現在では28ヶ国まで増えました。

※最近ではトルコやマケドニア、セルビアと言った国々が加盟候補国となっています。ただトルコに関してはイスラム教徒の割合も多いので内外において批判が大きいです。

まさにヨーロッパという一つの巨大な国家ができつつあるのです。しかし後述するように経済危機や難民問題など影の部分も浮き彫りになってきました。

2002年にユーロ導入へ!

ヨーロッパ統合の象徴として名前が変わって改めて設立されたEUですが、何といっても最大の目的は経済の統合です。

この経済の統合では国家間の貿易での関税の撤廃もそうですが、それ以前に大きな壁がありました。

それは通貨の問題です。

国が違えば使っている通貨は違います、日本は円ですが中国は元、韓国はウォンで東アジアでも国によって通貨が異なっています。

当然それはヨーロッパ各国でも同じわけです、ましてやヨーロッパは国の数が多いので尚更経済統合がやり辛いです。

因みにユーロ導入以前のヨーロッパの主要な国の通貨は以下のような感じです。

  • イギリス:ポンド
  • ドイツ:マルク
  • フランス:フラン
  • イタリア:リラ
  • スペイン:ペセタ
  • ベルギー:フラン
  • ギリシャ:ドラクマ

EU間の人や物の出入りを自由化した協定のことをシェンゲン協定と呼ぶのですが、仮に人の出入りが可能になっても、結局国境を越えて別の国に行くと自国の通貨が使えなくて困るわけです。

そこで導入されたのが共通通貨のユーロとなります。ユーロを導入することでヨーロッパの国々で使えて1回両替するごとに手数料が発生することもないですし、外国人旅行者にとっても管理がしやすくなる利点があります。


ところがこのユーロを全てのEU加盟国が受け入れたのかと言いますとそうではありませんでした。

中でもこの後で紹介するイギリスはユーロを導入せず、自国通貨のポンドを未だに使い続けています。

これについても理由を解説すると長くなりますが、簡単に言えばユーロ導入時のイギリスの経済状態が良くなく通貨価格がユーロ導入の基準を満たしていなかったから、そもそも統一通貨の導入に反対する声が大きかったからなどが挙げられます。

ユーロ導入はギリシャ危機の発端になった!

ただユーロ導入は後にEUの経済状態を悪化させる原因にもなりました。

それが2010年に発覚したギリシャの債務危機です。

この債務危機は2009年の政権交代で、ギリシャが2002年にユーロを導入するために自国の財政赤字が過剰になっていないと偽って申請していたことが暴露されたために始まったのです。

これによって統合通貨の問題点や矛盾が表面化し、国際的な信頼も低下、他のEU諸国にもその波が普及して経済が世界的に悪化していった流れになります。

イギリスのEU離脱へ!

加盟国数も2013年にクロアチアが加盟したことで28に増え、ギリシャ危機などありましたがそれでも順調に拡大していきました。

ところがその流れに拍車をかける出来事が起き始めます。

それが中東問題です。

特に中東の中でもシリアに関してはロシアと、アメリカと協力して未だに紛争が続いています。

紛争が長引けば長引くほど必然的に戦争難民が増えます、その難民の多くがヨーロッパに多く流入しています。


これまでは難民の多くを受け入れてきたヨーロッパ各国でありますが、ここ数年の間で中東のISが絡んだテロが頻発しヨーロッパ情勢を大きく揺らいでいます。

また難民を多く受け入れるとその難民を保障する制度、要するに社会保障費が多く必要になったり、そもそも難民が増えると自国民の雇用が奪われるという批判もあります。

しかし移民難民はEUに加盟している限り絶対に受け入れないといけないわけです、それがEUの基本方針ですからね。

イギリスの保守派によってこのことが大々的に批判され徐々に国内に普及していったわけです。元々産業各革命を起こし世界各国に多くの植民地を持った歴史がある大英帝国ならではの誇りがあったのでしょう。

こうした保守派の勢いが上回って2016年の国民投票で離脱派が多数を占めることになり、2019年にはイギリスがEUから離脱することになります。


イギリスという経済大国がEUを離脱することが決まって、もしかしたら離脱ドミノが起きるのではないかと懸念されていましたが、現在ではそういった動きは特にないようです。

イギリスという国自体は経済規模も大きいので離脱しても大丈夫と思いますが、国内ではスコットランド独立運動も拡大していっているのでまだまだ予断を許さない状況と言えます。
 

まとめ

以上EUの歴史についての解説でした、長くなりましたが最後までご覧いただきありがとうございます。

現在のEUに至るまでに様々な困難や道のりがあったわけですが、根底にあった理念は「ヨーロッパ全土の統合を目指し平和な世界を実現する」というものです。

イギリスが離脱した後もこの理念を忘れずにいてほしいものです、もちろんこれは国際連合にも言えることですけどね。
 

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